Introdcution
「見えないスポーツ図鑑」プロジェクト、第2回にして最大の難関へ!? 今回挑戦するのは、ラグビーです。団体競技を扱うのも初めてでありながら、大人数のプレーヤーが激しくフィジカル・コンタクトを行い、しかもピッチ中を走り回るのがラグビー。果たして、その多様な感覚を翻訳することはできるのでしょうか?
ご参加いただいたのは、筑波大学体育系准教授・古川拓生さん。ラグビーをゲーム構造やトレーニングなどの観点から研究し、授業で学生にレクチャーも行う一方で、日本の大学ラグビー界が誇る名門・筑波大ラグビー部で監督をされていました。
ラグビーという競技の「本質」を翻訳する共同作業。それはまるで、ラグビー選手がスクラムを組むような熱さを帯びながら進んでいきました。
ご参加いただいたのは、筑波大学体育系准教授・古川拓生さん。ラグビーをゲーム構造やトレーニングなどの観点から研究し、授業で学生にレクチャーも行う一方で、日本の大学ラグビー界が誇る名門・筑波大ラグビー部で監督をされていました。
ラグビーという競技の「本質」を翻訳する共同作業。それはまるで、ラグビー選手がスクラムを組むような熱さを帯びながら進んでいきました。
Section 1
レクチャー争奪戦と展開戦
古川: ラグビーの大きな特徴として、「争奪戦」と「展開戦」が共に重要な要素である、ということがいえます。
たとえばサッカーにしてもバスケットボールにしても、「展開戦」がメインです。味方でボールを回し合いながら、展開してゴールを狙っていく。バスケットボールも同様です。最初はジャンプボールという、お互いにボールを奪い合うプレーがありますが、取ったほうが展開戦へ入っていく。
しかしラグビーは、何度も何度も争奪戦が行われます。サッカーやバスケットボールという他の球技では、ボールが外に出たとき、プレーヤーは味方へボールを渡していきます。他方ラグビーは、「スクラム」や「ラインアウト」といったプレーの再開時に、敵味方の真ん中にボールを投げ込み,そのボールを奪い合うプレーがあるのです。真ん中にあるボールを、さまざまな技術を使って、身体接触を伴ないながら奪い、そして展開戦へとつなげていくのですね。
たとえばサッカーにしてもバスケットボールにしても、「展開戦」がメインです。味方でボールを回し合いながら、展開してゴールを狙っていく。バスケットボールも同様です。最初はジャンプボールという、お互いにボールを奪い合うプレーがありますが、取ったほうが展開戦へ入っていく。
しかしラグビーは、何度も何度も争奪戦が行われます。サッカーやバスケットボールという他の球技では、ボールが外に出たとき、プレーヤーは味方へボールを渡していきます。他方ラグビーは、「スクラム」や「ラインアウト」といったプレーの再開時に、敵味方の真ん中にボールを投げ込み,そのボールを奪い合うプレーがあるのです。真ん中にあるボールを、さまざまな技術を使って、身体接触を伴ないながら奪い、そして展開戦へとつなげていくのですね。
古川: 攻めているほうは「前にパスを投げてはいけない」というルール、守るほうは「ボールを持っているプレーヤーにしかタックルをしてはいけない」というルールに則りながら、前へ前へと進む陣取りゲームとして展開戦は繰り広げられます。
守備側のタックルによって攻撃側の選手が倒れると、ここでまた争奪戦になります。というのも、ラグビーではボールを保持している選手がタックルされて倒れたら、そこでボールを手放さないといけないからです。一瞬どちらのチームのものでもなくなったボールをまた争奪しあい、展開戦へと持ち込んでいく。
タックルされた選手が倒れて手放したボールを、両チームがスクラムのように押し合って奪い合う――これを「ラック」といいます。ボールを持っている選手が倒れずにそのまま両チームが押し合うプレーは「モール」といいますが、いずれも密集状態の中で激しくボールを争奪しています。
密集状態の中で相手に勝つにはどうしたらいいのか。たとえばスクラムでは、ラグビーの世界最高峰ニュージーランドの優秀なコーチは、肩とお尻が真横に平行になった状態で組み、膝の高さは地面から数センチで、膝の角度は105度、足首の角度は70度……というように理想の姿勢があるといっています。日本代表のヘッドコーチを務めていたエディー・ジョーンズのトレーニングはとても厳しかったのですが、彼のトレーニングは理にかなっており、スクラムを強化するために強い姿勢がとれるように「首」から「体幹」を鍛え上げました。人は頚反射により、首が丸まってしまうと、背中も丸まって、押されてしまう。つまり、首が屈曲しないよう、上体を真っ直ぐに固定する力が、自分の姿勢をつくるうえで重要なのです。朝の5時からトレーニングを細分化し、体を鍛えあげる選手たちの映像から、エディーが課したハードワークがわかります。
守備側のタックルによって攻撃側の選手が倒れると、ここでまた争奪戦になります。というのも、ラグビーではボールを保持している選手がタックルされて倒れたら、そこでボールを手放さないといけないからです。一瞬どちらのチームのものでもなくなったボールをまた争奪しあい、展開戦へと持ち込んでいく。
タックルされた選手が倒れて手放したボールを、両チームがスクラムのように押し合って奪い合う――これを「ラック」といいます。ボールを持っている選手が倒れずにそのまま両チームが押し合うプレーは「モール」といいますが、いずれも密集状態の中で激しくボールを争奪しています。
密集状態の中で相手に勝つにはどうしたらいいのか。たとえばスクラムでは、ラグビーの世界最高峰ニュージーランドの優秀なコーチは、肩とお尻が真横に平行になった状態で組み、膝の高さは地面から数センチで、膝の角度は105度、足首の角度は70度……というように理想の姿勢があるといっています。日本代表のヘッドコーチを務めていたエディー・ジョーンズのトレーニングはとても厳しかったのですが、彼のトレーニングは理にかなっており、スクラムを強化するために強い姿勢がとれるように「首」から「体幹」を鍛え上げました。人は頚反射により、首が丸まってしまうと、背中も丸まって、押されてしまう。つまり、首が屈曲しないよう、上体を真っ直ぐに固定する力が、自分の姿勢をつくるうえで重要なのです。朝の5時からトレーニングを細分化し、体を鍛えあげる選手たちの映像から、エディーが課したハードワークがわかります。
こうやって、フィジカル・コンタクト=争奪戦と、展開戦を繰り返し、前へ前へとボールを運んでいくのが、ラグビーという陣取りゲームです。現代ラグビーはなかなか隙間ができず前進が難しくなっているので、前方にキックをして進めることもあります。ひとつお伝えしておくと、いままで述べてきたのは15人制のラグビーにかんして。オリンピックで行われるセブンズ(7人制)ラグビーでは、最も強豪として知られるフィジー代表のように、相手にタックルされた瞬間、倒れる前に味方にパスしてボールを止めない、「オフロードパス」というようなプレーをうまく使っています。
Section 2
試行錯誤共同作業と、翻訳者の位置
「『ラグビーってそういうことだったのか』感がすごいです!」(伊藤)という感想が漏れたように、新たな発見に満ちていた古川さんのレクチャー。古川さん曰く「争奪戦」の要素と、一方での俯瞰的な試合展開と、競技を構成する要素も多そうです。まずはそのひとつひとつを探っていきます。
林: たとえばスクラムでは、体の中でどこが一番フィジカルを感じる部分なんでしょうか?
古川: “味方を感じる”のは、お尻の部分なんです。前に押そうとしても、後ろの選手と一緒に上手く縦方向に力を伝えないといけない。味方同士で自分たちの感覚を伝え合うんですね。同時に、先ほどお伝えしたように相手の力も首で感じるんです。実は相手選手と自分の共同作業なんですね。スクラムは、どちらかが地面に落ちてしまっては危ないので、お互いのバランスも重要になってくる。道具で表現するとしたら、たとえば割り箸でも何でも、細長い棒の先を合わせて押し合うとかでしょうか……?
渡邊: マグネットの棒で、ちょっとやってみましょうか。
古川: なるほど。相手がどういう力をかけているか、というのがより伝わるといいですね。相手の力を感じながら、自分もより力強く、という。
伊藤: 敵を信頼しないと、崩れちゃう、と……。たとえばですが、背中で「押しくらまんじゅう」をしているときの感覚が近いんでしょうか。
渡邊: キッチンペーパーを縦にふたつ、背中で挟んで押し合ったらどうでしょう?
林: あ、面白いかもしれません!
キッチンペーパーだけでなく、撮影用の背景紙が入っていた、2m超の長さの固いボール紙ケースも使って、お互い後ろ向きで押してみます。
伊藤: 相手の力の入れ方にかんして、情報量が増えている感じがしますね。
古川: それ、どうやったら強く押せますか? 強く押そうと思うと、重心を下げていかないといけないでしょう? 力が一番入るようにと、筒を当てた体の部位も大事ですね。骨盤だったでしょう? それだけで、力の入り方が違ってくるんです。お尻の位置が低ければ低いほど、強く押せるはずなんです。
林: なるほど。ただこれだと、バランスが取れ過ぎちゃっているかもしれません。
古川: 今日はこの場にはないですが、バランスボールがあると、考えられることがあるかもしれませんね。トレーニングでやったことがあるんですが、地面にバランスボールを置いてふたりが押し合うんです。力のバランスがうまく合わないと、崩れちゃう。間に何かが入ることによって、すごく不安定感が出て、お互いが協力しないと押し合えなくなる。
伊藤: 争奪戦はそうした表現の可能性があるとして、展開戦はどうしましょう。展開戦になった瞬間に、どういう表現の仕方があるのか。
フィジカル・コンタクトとは異なる、展開戦の要素。ヒントとして取り出されたのは、荷物の梱包などに用いるビニール紐でした。
林: これを使うのは、陣取りゲームの“線”のイメージとしてどうでしょうか。端を縛りつけるなどしてピンと引っ張ってひとりが持って、もうひとりが指で紐を押せば、そこが争奪戦の行われている場所。展開戦になったら、押されている場所が横にズレていく、とか。
古川: 面白いかもしれませんね。あとは、一部分にプレーヤーが集まって圧力がかかったら、もう片方にかかる圧力が弱くなる、といったことが紐を通じて表現できればいいかもしれません。どこに圧力をかけるのか、持ち駒をどう使うのか、というのが展開戦の肝ですから。
伊藤: 集合と離散をどう表現するか、ですね。
紐に何かを通せば、うまく表現できるのでは……そう考えた研究会メンバーが次に手にとったのは、〇×を掲げるようなパーティーグッズ。穴があいた小さなボードになっています。
伊藤: なるほど、下に押すと、その場所に集まってくる。走り寄ってくる感じはありますね。
古川: 紐を持ちながら目をつむっていても、ボールがポンポンポンと横に移っているような動きは、ある程度イメージできますね。
林: ただ、紐を押し下げる上下の動きだと敵味方がわかりませんね。やっぱり敵味方という前後方向も表現しないと……。
古川: ラグビーはパスを前に出すことができないので、基本的に選手はボールの前にはいません。ですからでボールが先頭で、そこに選手が集まってくる。
伊藤: それを表現しているという意味で、いまやろうとしている方法は、マクロな視点というか、審判のようなニュートラルな位置での表現ですね。
古川: あとは、(紐を強くつまみながら、指との間で摩擦を起こして)パスによってボールがクッ、クッと横に移動している感じも表現したいですね。
紐の素材によって、もしかしたら違いがあるのかもしれません。ゴム製の縄跳び、細長く膨らますことができる風船など、さまざまな素材を試してみます。
林: ここにある道具の中ではビニール紐が一番、摩擦による緊張感がありますね。
渡邊: ボールが横に移動して展開戦が繰り広げるのを、紐に沿って横方向で表現して、前に展開していったら紐も縦方向に、前に押す。選手が倒れて争奪戦になったら、そこでグッと押しながらさらに揺する、というのはどうでしょう。
古川: 選手が倒れたら揺する、というのは面白いですね。いま、まさにボールの取り合いをしているんだというのが伝わる。いずれにしても、翻訳者の技能が問われると思います。映像を見ながら実践する中で、皆さんがだんだんと翻訳者として上達してきている感じがありますね。
Section 3
結論ラグビーを総合的に感じる
伊藤: スクラムという争奪戦からはじまって、展開戦へとつながっていくことを、一緒に表現できないでしょうか。連続的な動きを切り替えて伝える、といいますか。
渡邊: 現状だと、プレーが始まって、展開戦からラックなどの争奪戦へと連続している感じは表現できているかもしれないけど、最初の力による押し合いという要素が、ここにはないですね。
伊藤: たとえば、足を使うとか……?
林: 展開戦になってから紐を押す縦方向、前後方向の力の入れ方と、足を通じて押し合う横方向の力の入れ方、方向が混在しちゃう感じがしますね……。
古川: 翻訳されたラグビーを体感する観戦者がひとりでいいなら、スクラムやラインアウトからはじまるセットプレーは、観戦者が横を向いて――紐が押される力と同じベクトルで体感してもらえばいいのではないでしょうか。そこで押し合った後に、展開戦が始まる。まずプレーの最初は、首を固めて押し合う感覚を体感してもらえれば。
林: 押し合うところを表現する人と、紐での展開戦を表現する人、翻訳者はふたりになるかもしれませんね。まずはひとりの翻訳者が体験者とキッチンペーパーを押し合って、それ(争奪戦)が終わったら、もうひとりの翻訳者が、紐を使って展開戦を表現する。
渡邊: スクラムなどの争奪戦から、その後の展開戦へ、最初は一人称で押し合っていたのが、そこから視点が俯瞰的に切り替わりますよね?
古川: そうですね。ちゃんと紐の上で「この位置でスクラムが組まれる」「ここがラインアウトの場所だ」といったことを表現してもらえれば、伝わると思います。ピッチの上で、「自分はここにいるんだ」ということを伝えてもらったうえで押してもらえれば、「そこにあるボールが争奪戦になるのだ」ということがわかりますから。そうすると、「自分が体感する側のチーム」を決めておかなくてはなりませんね。実際には押す/押されるといった攻撃の方向があるわけですから、そこから展開戦になっても、自分のチームが攻めている、あるいは攻められている、という方向感覚で試合を体感していくことになります。
渡邊: 摩擦も含めて紐で展開戦を翻訳するとしたら、直に指で擦るのではなくて、軍手があったほうがいいですね。
林: なんだか楽器を演奏しているみたいですね。
古川: 私はもとからラグビーのイメージを持っているということもありますが、きれいに翻訳をしてくれたら、目をつむっていても、ピッチで何が起きているのかは理解できますね。翻訳者は相当大変でしょうけど。
ひとつの競技の中でも、表現の仕方が変わる瞬間がある。ゴツゴツとぶつかり合いながら、横へ、前へと展開していくラグビーに挑戦したからこそ、大きな気づきがありました。
渡邊: 「視点が変わる」というのは、今回ラグビーから得た、新たな発見でした。
伊藤: 面白いですよね。一人称かつメタ視点、ということが成立するかもしれない。
古川: 私も、紐でラグビーのピッチを感じてもらう、ということはこれまで思いつかなかったですね。なかなか他の球技にはない体系なので、紐でボールや人を表現できるのはいい。あとは、紐にちょっとした音を出してくれるものがついていて、ある部分にその音が寄っていく、というようなことができると面白いかもしれませんね。
林: たくさんの鈴をつける、とかですかね。
古川: 自分に聞こえる音の遠近によって、人の動きが見えてくるかもしれないですね。
伊藤: 団体競技は初の試みでした、ありがとうございました。
古川: こちらこそ、新しい世界にお招きいただいて、ありがとうございました。