ABOUT
そもそも私たちはスポーツが見えているのか?
本サイトは、東京工業大学とNTTが共同で行なっている、スポーツを観戦する新しい方法をさぐる研究の成果を公開するためのサイトです。
一般に、スポーツは「観」戦するものです。つまり、音や振動の情報はあるとしても、基本的には目で見て楽しむものです。しかし、多くの場合テレビ越しに見ることになる選手たちのパフォーマンスを、私たちは本当に理解できているのでしょうか。
例えば卓球は、目で見るかぎりはラリーの速さやコースの正確さを競う競技であるように思えます。しかしながら、ロンドンオリンピックで現地の科学サポートを担当していた吉田和人さんは、卓球の本質はそこだけではない、と言います。多くの局面で、「球の回転」の読み合いも重要になると。近距離で高速なボールを打ち合いながら、相手がかけてきた回転を見極め適切に対応することが、卓球の本質だというのです。
このように、私たちが目で見て感じているその種目の本質は、必ずしも選手が実践の中で体感しているその種目の本質とは一致していません。本研究の第一の目的は、この私たちの目がふだん捉えきれていない、選手にとってのその種目の本質を、選手や指導者へのインタビューを通じてさぐることです。
本研究の第二の目的は、目の見えない人といっしょにスポーツ観戦する方法を開発することです。従来、目の見えない人のスポーツ観戦は、言葉による実況中継が主でした。それはそれで有効なのですが、どうしてもその種目らしさが伝わらない。たとえばスキーのジャンプの実況中継で「ジャンプした」ということはわかっても、あの独特のタメやリズム、ふわりとした軽さは伝わりません。このスポーツを楽しむうえで不可欠なその種目の質感のようなものを、目の見えない人と共有したいと考えました。
そこで、本研究では、選手や指導者から聞き出したその種目の本質を、スリッパや手ぬぐいのような身近な日用品を使って再現することにしました。言語や視覚に頼らず、力のせめぎあいやリズムといった身体的に感得しうる仕方で、それを表現したのです。そうすることで、従来は伝えきれていなかったその種目の質感を、ダイレクトに目の見えない方と共有することができます。
実は、第一の目的は、第二の目的が先にあって出てきたものでした。目の見えない人と一緒にスポーツを観戦する方法を開発しているうちに、力のせめぎあいやリズムといった出来事を作り出しながら視覚を使わないで観戦する面白さに気づき、そもそも我々はスポーツを見ることができていないのではないか、という疑問にぶちあたったのです。(以前の研究についてはこちらに関連記事があります。)
それぞれの種目が、身近な日用品によってどう翻訳されていくのか。最終的には「スポーツ図鑑」を作ることを目指して、その研究の進捗と関連情報を公開していきます。
一般に、スポーツは「観」戦するものです。つまり、音や振動の情報はあるとしても、基本的には目で見て楽しむものです。しかし、多くの場合テレビ越しに見ることになる選手たちのパフォーマンスを、私たちは本当に理解できているのでしょうか。
例えば卓球は、目で見るかぎりはラリーの速さやコースの正確さを競う競技であるように思えます。しかしながら、ロンドンオリンピックで現地の科学サポートを担当していた吉田和人さんは、卓球の本質はそこだけではない、と言います。多くの局面で、「球の回転」の読み合いも重要になると。近距離で高速なボールを打ち合いながら、相手がかけてきた回転を見極め適切に対応することが、卓球の本質だというのです。
このように、私たちが目で見て感じているその種目の本質は、必ずしも選手が実践の中で体感しているその種目の本質とは一致していません。本研究の第一の目的は、この私たちの目がふだん捉えきれていない、選手にとってのその種目の本質を、選手や指導者へのインタビューを通じてさぐることです。
本研究の第二の目的は、目の見えない人といっしょにスポーツ観戦する方法を開発することです。従来、目の見えない人のスポーツ観戦は、言葉による実況中継が主でした。それはそれで有効なのですが、どうしてもその種目らしさが伝わらない。たとえばスキーのジャンプの実況中継で「ジャンプした」ということはわかっても、あの独特のタメやリズム、ふわりとした軽さは伝わりません。このスポーツを楽しむうえで不可欠なその種目の質感のようなものを、目の見えない人と共有したいと考えました。
そこで、本研究では、選手や指導者から聞き出したその種目の本質を、スリッパや手ぬぐいのような身近な日用品を使って再現することにしました。言語や視覚に頼らず、力のせめぎあいやリズムといった身体的に感得しうる仕方で、それを表現したのです。そうすることで、従来は伝えきれていなかったその種目の質感を、ダイレクトに目の見えない方と共有することができます。
実は、第一の目的は、第二の目的が先にあって出てきたものでした。目の見えない人と一緒にスポーツを観戦する方法を開発しているうちに、力のせめぎあいやリズムといった出来事を作り出しながら視覚を使わないで観戦する面白さに気づき、そもそも我々はスポーツを見ることができていないのではないか、という疑問にぶちあたったのです。(以前の研究についてはこちらに関連記事があります。)
それぞれの種目が、身近な日用品によってどう翻訳されていくのか。最終的には「スポーツ図鑑」を作ることを目指して、その研究の進捗と関連情報を公開していきます。